韓国の犬を食べる食文化

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日本人が鯨の肉を食べるように韓国にも犬の肉を食べる文化がある
これに関しては、どの国にも文句?意見を言うことはできないと思っていました。

 

だって、昔はそれぞれの国では当たり前の食文化でしたからね
ネット社会になって、食文化が広まったことで鯨を食べるなんてひどい!
犬を食べるなんて残酷!と食べない国の人たちから非難されます。

 

私も、犬を食べるなんて想像しただけでも、涙がでてきてしまいます。
鯨だって、自分で育てていたら食べる事なんてできないでしょう

 

日本でも、かなり昔には犬を食べていたことがあるそうなんです。
明治生まれのお年寄りたちから、冗談で赤犬は旨いって聞いたことがあります。

 

そんな日本で犬を食べなくなったのは、犬が家族として育てられるようになったのと
食糧として食肉を育て、安く流通するようになったからでは?と思っています。

 
昭和60年代には、既に犬は愛玩動物、家族の一員として可愛がられていました。
アジア圏以外の外国では、もっと前からそうなっていたことでしょうね

 

韓国でも、その傾向に向かっているでしょうけど、まだ犬を食べるお祭りが
残っているので、犬肉市場というものもあるようです。

 

アメリカの動物保護団体が犬肉市場で黒いゴミ袋に詰められて捨てられるところ
保護して助かった犬がいるそうです。

 

韓国では、肉を美味しくするために犬を売る直前に虐待して値段をつり上げることをするそうです。
そのため、保護された犬は4本の足を縛られて幾日も吊り下げられていたために縛られていた部分の
圧迫により腐ってしまったために捨てられたようです。

 

獣医の外科的手術によって一命を取り留めることに。足先を4本とも失ってしまったが、
米アリゾナ州の家族が里親になろうと申し出てくれたそうです。

 

人間に酷い目にあわされたにも関わらず、保護された犬は、人間を警戒することなく
元気に暮らしているそうです。

 

いずれは、体の一部を切断しなければならなくなった人へのセラピードックとして
活躍してくれるでしょうとのことでした。

 

昔から人間の役に立ってくれている人間の大切な友達なんですよね
韓国の食文化はわかるけど、そろそろ本当に食べるのではなく代替え肉で
お祭りをしてもいいのではないかなと思います。

 

愛犬によって失明を免れた話

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病気の飼い主を助けた犬の話や、ご主人さまの病気を発見した犬の話など
犬は、人間によりそって、嗅覚という優れたものを使って人間を助けています。

イギリスのある州に住んでいる幼い男の子が愛犬によって失明を免れた話がありました。

83㎏もある大型犬が常に飼い主の幼い息子に寄り添っている姿を見て
もしかしてと思い、病院へ息子を連れて行ったところ、手遅れ寸前だったけど
間に合って失明を逃れたそうなんです。

詳しく説明すると、83㎏もある大型犬(ボルドー・マスティフ)のアルフィーは
飼い主の息子、5歳のマークと仲良しで、いつも一緒に行動していました。

マークは、学校の視力検査で右目が乱視と診断されて、右目はぼんやりとしか
見えていない状態だったそうです。

いつも一緒に居る1人と1匹でしたが、何故かアルフィーはマークの
右側に寄り添っていることが多いことに、飼い主は気が付きました。

もしかしての思いから、マークを病院に連れて行き検査をしてもらうと
も少し気が付くのが遅かったら失明していたと医師から告げられたそうです。

アルフィーの行動に気が付いた飼い主も凄いけど、それよりもアルフィーが
マークの右側をサポートするように寄り添っていたことが驚きですよね

目が見えないというのは嗅覚ではなく、きっと傍にいることで、歩き方や姿勢などから
判断したのではないかなと推察しました。

日本では、あまり犬が飼い主の病気を発見したなどの話は聞きませんが、
外国からは、心臓病やガンなどを発見して知らせたなど聞きます。

これって、それだけ犬に対しての信頼があるし、きちんと訴えていることを
聞いてあげているからなのではと思います。

日本の犬だって、本当は教えているのかもしれません。

息子を失明の危機から救ったのは、83kgの愛犬だった!

http://spotlight-media.jp/article/254344621235968937#/

元記事

http://metro.co.uk/2016/03/02/parents-believe-13st-family-dog-alfie-saved-their-sons-eyesight-5728141/

ご褒美だいすき

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最近、結婚と妊娠をきっかけに、念願だったワンちゃんを飼う事になりました。
保護団体さんから譲り受けた形でうちの家族の一員になったワンちゃんは、人懐っこく食いしん坊で、とっても陽気な性格です。
はじめてのペットで、難しいと思っていたトイレのしつけも、食いしん坊ゆえに、とっても簡単でした(笑)
うちはワンちゃんのトイレを部屋の端っこに設置しているのですが、その前にベッドがあって死角になっている状態で、覗き込まないと様子が見えません。
周りの目を気にせず安心して用が足せる場所が良いんじゃないかと思ってそこに設置したのです。
マニュアル通り、しつけ始めたときから、きちんとトイレで用が足せたら褒めてご褒美をあげるようにしています。
ただ、トイレが死角の場所にあるので、ワンちゃんがトイレに向かう姿を見ていないと、こちらも気づかず褒めてあげられないときもあるのです。
でもどうしてもご褒美をもらいたいらしく、トイレに行くときはチラチラ私や主人の方を見てアピールします。
それで私たちがちゃんと見ているのを確認してからトイレに行くのです。
私たちが気付かなかった場合は、トイレをした後トイレの前でじーっとこっちを見てアピールするのです。
それが本当に可愛くてしょうがないのです(笑)
時々、嘘ついてトイレでじーっと何もせずにいたあとチラチラ見ながら出てきてご褒美もらおうとしたりと、ずる賢いワンちゃんですが、賢いのはいいこと!と思いほほえましく見ています。
これからも沢山新しいことを覚えていってほしいと思っています。

トラネコがトラ刈りになったお話

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 私は以前、ネコを飼っていた。何の変哲もない、日本では本当によく見かける赤トラの雌ネコである。こいつが中々やんちゃなヤツで、私達家族はずいぶん笑わせてもらったものだ。隣の家の雄ネコの餌を取る。それも、取った方が取られた方よりいばっている。食べながら、「ニャーッ!」と相手を威嚇するのだ。相手は大人しく食べ終わるのを待っているのに。文句を言うくらいなら、食べるなよ、と言いたくなる。昔、「アッシー」「メッシー」などという言葉が流行ったことがあるが、人間の女の方がまだしもだ、奢ってもらったらお礼くらいは言うよね、と思う。いやはや、雄ネコもつらいものである。それでも憎めない。もっともそれは私がこやつの飼い主だからで、隣の家の人には十分憎まれていたことだろう。
 ある日のことだ。自室で本を読んでいる私の側に来て、こいつがスリスリと甘えてきた。実はこのトラっこは、やんちゃな暴れん坊のくせに甘ったれで、人間にすり寄る癖がある。肌寒い頃で、部屋には電気ストーブがついていた。ご多分にもれず、このトラもネコ族の習性をしっかり受け継いでいたので、寒がりだった。電気ストーブにぴったりと体を寄せている。私は読書に没頭していたので、そのまま放っておいた。
 ふと気が付くと、どうも何か焦げ臭い。電気ストーブに糸くずでも入って燃えているのかと目を凝らしたのだが、何もない。おかしい、でも何かが燃えている。次の瞬間、アッとのけぞった。あろうことか、トラのわき腹の毛が焦げているではないか。
「お前、何やっているんだよ、燃えちゃうだろ!?」
 大慌てにトラをストーブから引き離したが、肝心のこいつは「おかしいな、何も怒られることはしていないはずなのに」と言いたげに、目をきょときょとしている。本当にあわや焼きネコが出来るところだった。
 結局、火傷はせずにすんだのだが、しばらくこいつのわき腹はダンダン縞に焼け焦げ模様が残ってしまった。これが本当のトラ刈りだね、家族でトラのわき腹を見る度大笑いしたことが昨日のことのように思い出される。そんなトラも今は天国に居る。天国でも焼け焦げには気を付けるんだぞ、そんなことをふと思う今日この頃である。

あんこ好き・老ねことの思い出

cat

 少し前、引っ越しを検討していた時、何軒もの新居候補を歩いて見て回りました。まだ入居者がいる所に案内され、管理会社の方と話をしていて、足元がふうううわああっ!としたのでびっくりすると、驚くほど美しい、ペルシャ猫さんが駆け抜けていったのでした。(留守番していたんですね)それがディズニー映画「おしゃれキャット」なみに素晴らしい真っ白な毛並みだったので、思わずあっけにとられて、見とれてしまいました。私の猫はもう何年も前に他界していましたが、同じ猫とは思えない、別の種の生き物のように思えたのです。
 その猫は、すさまじい毛色をしていました。トラ模様がパッチワーク状になって、ついでにヒョウ柄もちりばめてみました、といった感じに『ごたまぜ」で、何と表現したら良いのかわからない毛色でした。鋭い緑の目は油断なく周囲を監視し、学校から帰ってきた私のおやつを抜け目なくチェックしていたのです。
 それが和菓子であるとなると、ワイルドないつもの態度を一転させ、恐るべき猫なで声で(猫ですが…)にゃ~~ん!とすりよって来るのです。彼女はあんこが大好物でした。お饅頭やお餅の中に入っている、こしあんを私が取り分けてやるのが無上の喜びだったようです。そのわりにはおせんべいも好きで、要するに私と猫とはおやつの趣味が見事に同じだったのです。
 彼女は20年も生きて、あるあたたかい春の日に眠るように亡くなっていきました。すごい毛並みでしたし、粗相も多く悩まされましたが、私にとっての猫は彼女ひとりだけです。
 
 今でも、お饅頭の中身がこしあんであることに気づくたび、彼女のとってつけたような甘え声が響くようで、懐かしさに顔がほころびます。
 

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